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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(あ)868号 決定

本籍

広島県佐伯郡宮島町五六六番地

住居

広島市高陽町大字翠光台一番地の三五四

会社役員

金子隆昌

大正一二年月一一月二八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五二年四月二一日広島高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人河合浩の上告趣意第一点は、いずれも事実誤認の主張であり、同第二点は、量刑不当の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨)

○昭和五二年(あ)第八六八号

被告人 金子隆昌

弁護人河合浩の上告趣意(昭和五二年六月二一日付)

原判決は、第一審が言渡した判決の事実および量刑(懲役一年および罰金一、〇〇〇万円)をすべて是認して控訴棄却の判決を宣告したが、右判決は、以下述べる理由により判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認および量刑不当の違法があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するので破棄されたい。

第一、事実誤認

一、逋脱犯の成立要件について

原判決が本件で適用した法令の所得税法第二三八条第一項は、租税犯のうちいわゆる逋脱犯(実質犯)といわれるもので、狭義の逋脱犯 本件は正にそれである は納税義務者に詐欺その他不正の行為があり、その行為と脱税との間に相当因果関係が存在するほか、脱税の認識(犯意)を要する。

すなわち、詐欺その他不正の行為を伴わないいわゆる単純不申告のような消極的な行為は処罰できず(最高裁昭和二四年七月九日・昭和三八年二月一二日各判例)、さらに租税犯も刑法一般の原則に従い犯意ある行為のみが処罰され、犯意のない行為は法に特別のある場合(例えば印紙税法一四条及び各税法の両罰規定)に限つて例外的に認められており、いわゆる過失犯を処罰しうる規定はない。

二、個々の争点について

前記のような逋脱犯成立の要件を前提に一審および原判決が罪となるべき事実として認定し被告人が争つている問題点(争点)について検討してみると、

1 一審および原判決が認定した昭和四六年度分の収入金のうち申告されていなかつた三四三万五一八二円と昭和四七年度分の収入金のうち申告されていなかつた広電緑井団地関係の一二三万三四四〇円及び同年度分の支払手数料のうち水増計上された一五〇万円については、いずれも被告人の帳簿が不備であつたための申告洩れであり(一審第八回公判調書中被告人の供述・記録一四二二丁表ないし一四二五丁裏)、これらはいわゆる単純不申告というべきもので、徴税の対象とはなりえても処罰の対象としての逋税の犯意はなく、逋税犯としては成立の要件を欠くものである。

2 一審および原判決が認定した昭和四七年度分の収入金のうち、エヌケー・プレハブ株式会社及び丸善石油不動産株式会社(以下NK・丸善と略称)石内団地関係の二三二五万円については、そのうち五七五万円は昭和四七年一一月一三日佐々木好夫が直接日本国土開発株式会社(以下国土と略称)から領収しており、一七五〇万円は昭和四七年一一月二四日一崎好夫が直接国土から受領しており、右佐々木好夫・一崎好夫の両名はそれぞれ受領した右金額(両名合計二三二五万円)を各自の所得として所轄税務署に所得申告しており(一審第八回公判調書中被告人の供述・記録一四二六丁表ないし一四二九丁表、佐々木好夫の大蔵事務官に対する質問てん末書・記録四〇二丁表ないし四〇四丁表、佐々木好夫の検察官に対する供述調書・記録四〇七丁ないし四〇九丁表、一審第四回公判調書中証人一崎好夫の証言・記録九一四丁裏ないし九一六丁表)、したがつて被告人としては右両名がそれぞれ所得申告するものと信じていたものであり、被告人が右金額(二三二五万円)について自己の所得と考えないで所得の申告をしなかつたのは当然のことで、被告人には逋脱の犯意がなかつたものと思料する。

3 一審および原判決が認定した昭和四七年度分の収入金のうち、前記NK・丸善石内団地関係の三六六二万五〇〇〇円と一九三一万二五〇〇円の計五九三万七五〇〇円については、被告人は国土から昭和四七年度中に受領しておらず、また同年度中に被告人が受領することにはなつておらず、(一審第七回公判調書中、証人佐々木朝海の証言・記録一一〇四丁裏ないし一一一三丁表)、昭和四八年度に入つて、受領したもので、被告人は事実のとおり昭和四八年度分の所得として間違いなく所得の申告をしており(一審第八回公判調書中被告人の供述・記録一四二九丁裏ないし一四三六丁表)、したがつて被告人の主張どおり昭和四八年度分の所得と認定すべきもので、逋税犯は成立しないものと思料する。

なおここで附言すると、一審および原判決は、所得税法は所得の基礎となる収益の帰属時期の決定基準として、収益の発生を認識しうる事実を標準とする発生主義を採つているとし、収益計上の時期についていわゆる権利確定主義によつているが、そもそも右の権利確定主義は徴税技術上の便宜に立つもので「所得なきところ課税なし」とする所得税法上の原則に対する徴税技術上の著しい修正であり、現実の課税に当つては衡平の見地から所得の実態に即応した方法が認められて然るべきで、課税適状(ある課税年度の所得に対して課税するについては、収益の一部が納税に当てられる実情に鑑み、それが課税されるに適した状態が現出されていること)が大いに考慮されなければならず、まして本件においては前記証人佐々木朝海の証言によつて明らかなとなり、本件で争点となつている前記所得金額(五五九三万七五〇〇円)については、国土から昭和四七年度中に被告人が受領することになつておらず、したがつて一審および原審が採用した権利確定主義を適用すること自体に無理があると思料する。

第二、量刑不当

被告人は自己の逋脱部分について深く反省悔悟しており、罰金刑二回以外には前科がなく、有限会社金子興産の代表者として正業に就いており、家庭には病弱な妻と大学及び高校に通う二人の男の子がおり、被告人は文字通り一家を支える柱である。

ところが、最近の事業界とくに不動産業界の異状なまでの不況のため、被告人の会社は大幅な赤字決算で、役員報酬も受けることができず、生活に困窮しており、一審および原審が言い渡した一〇〇〇万円もの多額の罰金はとうてい支払うことができない実状である(一審第八回公判調書中被告人の供述・記録一四三七丁表ないし一四四四丁表)。

そこで、罰金刑についてはこれを併科しないかきわめて大幅に軽減するなどの格別のご配慮を賜りたく上申する次第である。

以上

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